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洋上日誌【南太平洋編】
■2月17日■
1. 今日のトピックス
ペルーに近づくにつれてひんやりとしてきた。ペルー海流は寒流のため水温が上がらず、水蒸気も発生しない。したがって雨を降らす雲もわかず、海岸地帯は砂漠になる。
水温の低いペルー沖にきて、はじめて「鯨がみえた」と、遠くで水を噴いている姿がかすかに見えただけ。みな興奮してカメラをむけていたがとても写真にはならない。
2. 今日のスナップ
GET(英語教室)のアリ先生(写真左上)が「バルーンアニマル」の作り方を教えてくれた。
教材はアリが英国で買ってきて、私達に無料で提供してくれた。
思ったより簡単に作れる。

3.今日の空・海
新聞では日の出は6時40分頃と告知されていたので、10分前の6時30分にデッキへでたらもう太陽は大分上っていた。

洋上日誌【南太平洋編】
■2月15日■
【第一回 オセアニック号ワールドカップ 1日目】
今日の競技種目はサッカーと卓球。
サッカーは1チーム4人男女混合。12チームがエントリーされた。試合はハーフ5分で計10分間。同点の場合は4人のPK戦となる。
8階フリースペースでは「卓球」が行われた。こちらは老若男女の混合ダブルスで競技された。

■2月16日■
【第一回 オセアニック号ワールドカップ 2日目】
2日目は、「マージャン」「囲碁」「将棋」の世界一決定戦が開催された。

洋上日誌【南太平洋編】
■2月14日■
1. 今日のトピックス
今日はバレンタインデー。そしてフォーマルディナーの日だ。
ディナーに先立って、「テーブルマナー教室」が開催された。教室といっても、マナーを全く知らない男性と、イギリス皇室の方々が学ぶ「フィニッシング・スクール」で本格的にさまざまな様式マナーを学んだ女性(村石CD)の初デートという設定。二人は高級レストランでフルコースの食事をするが、マナーを知らない男性はいきなり「お~い、下町のナポレオン・・」と注文する。女性が「こういう時はやはりシャンパンで乾杯しましょう」とやんわりと嗜める」。男性が不器用にフォークの背にライスを盛っているのをみて、「ライスはフォークの窪んだ方に乗せるのが正しいんですよ」という様に、コメディ風にしたてられた寸劇で笑いながら楽しく学ぶ事ができた。
本番のディナーでは、久しぶりにボリュームたっぷりのステーキを食べて大満足。

村石クルーズディレクター
2. 今日のスナップ
「ちるちゃん」こと田岡千春さんから、バレンタインチョコをフレゼントされた。
彼女はPBのボランティアスタッフとして乗船し、写真部で活動している。名刺には「photographer」とあった。
先日開催された「タヒチ写真展」には大勢の応募者の中から9点が入選したが、彼女の写真と私の写真が並んで展示されていた。

「ちる」の愛称で親しまれているPBカメラマン
洋上日誌【南太平洋編】
■2月13日■
1. 今日のトピックス
(1) 時差調整
今日は、日付変更線通過以来6度目の時差調整の日だ。
24時に時計の針を1時間すすめる。つまり23時間で1日がおわる。時差調整の翌朝は1時間早く起きなければ日の出に間に合わないので、これは結構つらい。
日付変更線通過の前日の時差は+3時間(船内時間は日本時間+3時間)だったが、日付変更線通過の日に24時間戻したので、1月30日が2度あり、日本との時差は-21時間となった。その日から13日目の昨日、5度目時差調整があり、現在は日本との時差は-16時間。船はタヒチからほぼ真東に直進しているので、かなり頻繁に調整しなければならない。今日時差調整すると14日間に6度となる。
「時差ボケがない」のが船旅のメリットと云うが、ほぼ2日に一度、しかも2日連続ともなれば、バイオリズムが狂うのか、睡眠不足気味で何となく身体がたるい。
西回りの時は、「1日25時間」の日が24回あって、その日は朝1時間遅くまで寝ることが出来たので得した気分になったものだ。やはりこの方が身体には優しい。
「西回りか、東周りか、どちらがいいか?」と問われれば迷うことなく「西回り」と答えることにしよう。

朝陽を浴びてサンデッキを歩く
(2) 1日1万歩をめざす
毎夕、デッキを歩いて1日1万歩あるくことを目指している。11階のサンデッキが歩行路になっていて、左舷側から右舷側へと巡回する、つまり反時計回りに歩くというルールがある。1周は約170m、私の歩幅で340歩となる。1万歩あるくためには29週しなければならない。 左舷側を歩くときは追い風なので楽だが、右舷側へくると凄い向い風になり、足を踏ん張らないと押し戻されそうになる。陸地を歩くのに比べればエネルギーの消耗が大きい。
初日は朝4週、夕5週で3,000歩が精一杯だった。翌日は朝夕ともに7週、5,000歩まで伸びた。その後、少しずつ慣れてきて7,000~8,000歩まで歩けるようになったが、この辺がほぼ限界だった。
今朝はじめて10週に挑戦し、3,400歩を記録した。昼間は食事に行ったり、講演を聞きにいったり、ラウンジにブラブラしたりで、結構歩いた。夕方歩く前に既に6,000歩を超えていた。よし、今日は10,000歩達成のチャンスだ。あと1周あと1周と、つぶやきながら、遂に達成10,042歩。
洋上日誌【南太平洋編】
■2月12日■
1. 今日のトピックス
洋上最大級のイベントのひとつ「洋上大運動会」が開催された。若者達はこの日のために毎日夜遅くまで、応援合戦の練習をし、応援旗(バナー)作りに頑張っていた。
10階プールデッキの可動式屋根があけられると真っ青の空がひろがる絶好の運動会日和だ。
運動会は誕生月によって黄(3・4・5月)、青(6・7・8月)、赤(9・10・11月)、白(12・1・2月)の4組に分けて競われる。
①開会式の参加人数 ②玉入れ、綱引きなど10種の競技得点、③ バナー(応援旗作り)のデザイン、テーマ、プレゼンテーション等の審査員評価 ④応援合戦の審査員評価の合計得点で総合順位が決まる。
優勝チームには、「洋上居酒屋"波へい"をサービスドリンク付で1時間貸切」という賞品が贈呈されるとあって応援にも力がはいる。


洋上日誌【南太平洋編】
■2月11日■
1. 今日のトピックス
ペルー寄港まであと1週間。寄港地にちなんで「ラテンアメリカ」や「アンデス」をテーマとした企画が目白押しだ。
中でも、9時からはじまる天野博物館長・坂根さんの講演は一番人気で、500座席ある会場が満席になる。30分前には入らないと良い席にすわれないので、8時半に行ったが前の方の席はもう一杯だった。講義は11時15分まで、あまり座り心地良くない椅子での2時間45分は、正直いって後期高齢者には些か厳しい。
~BC5000年に造られたピラミッド」の話~
ペルーの首都リマより北へ約1000Kmのビスキーヨ・グランテと呼ばれる地域に小さな2つの山があった。

発掘前の小山
2005年、坂根さんはこの小山の山頂付近で、幅約4メートル、深さ約8メートルの竪穴を発見した。この穴は遺跡に埋没している金銀などを盗むために盗掘者によって掘られたものだ。
内部の断面を調べたところ、植物繊維を袋状に編んで小石を詰めた「シラクス」や、木炭片、繊維片などがみつかった。それを日本で分析してもらったところBC5000年頃のものだとわかった。
坂根さんや考古学者で「シラクスプロジェクトチーム」が発足し、山だと考えられていた地帯を発掘調査した結果、階段ピラミッド状の遺跡が姿を現したのだという。
「シラクス」とはケチュア語で「網の袋」という意味。この遺跡から網の袋がたくさん出てきたので「シラクス遺跡」と名づけた。

「シラクス遺跡」
この発見は、アンデス考古学を大きく覆すものとなった。これまでこの地域の文明は一般的にBC3000年頃にはじまったと考えられていたが、この遺跡はBC5000年頃から文明が始まった可能性を示唆するものである。
(写真は坂根さんのスライドを写したもの)
洋上日誌【南太平洋編】
■2月10日■
1. 今日のトピックス
映画鑑賞「命の遺産・ガラパゴス」
この映画は、俳優・竹之内豊が500日間かけて、世界遺産と世界危機遺産、両方の顔を持つ赤道直下の島々をめぐり、ガラパゴスの素晴らしさ、その自然環境を守る大切さを伝える。
世界危機遺産に指定され、危険に瀕する世界遺産の島々でいま、何が起きているのか?奇跡の島・ガラパゴスの「創生の秘密と今」に迫った記録である。
イグアナやゾウガメに食べられないように、上へ上へと伸びるウチワサボテン。まるで杉のようにまっすぐな高い幹に進化する。そのウチワサボテンを追いかけるかのように、高いところまで首を伸ばせるように甲羅がめくれ上がって馬の鞍のようになっている鞍型ゾウガメ。生き残るために進化する姿がそこにあった。
一方、増え続ける観光客を目当てに、急激に人口が増えた町では、残飯を漁りに来る鳥の嘴は退化しつつあるという。
ヘルー寄港の次に訪れるガラパゴス諸島への思いを駆られる映画だった。
2. 今日のスナップ
サークル活動も盛んになってきた。
船内のあちこちでこのようなシーンをみかける。

3.今日の空・海
終日、曇天で写真を撮る気にならず。
洋上日誌【南太平洋編】
■2月9日■
1. 今日のトピックス
~ラテンアメリカとは~
伝説の革命家といわれる「チェ・ゲバラ」。
アルゼンチンのブェノスアイレスの医学生エルネスト(後のゲバラ)は年上の友人と共に1台のオートバイでラテンアメリカへ放浪の旅にでる。
アンデスの山を越え、マチュピチュを訪れ、その後故障したオートバイを捨てて灼熱のアタカマ砂漠を徒歩で通過し、トラックに乗せてもらったりしながら南米の風景に触れる。
後にラテンアメリカで絶大な人気を誇る英雄チェ・ゲバラの青春時代である。
1万2千キロのこの旅でエルストがみたものは何だったのか。
土地を奪われた移民労働者たち、貧苦に苦しむ先住民族、隔離されたハンセン病患者の姿、旅先で目のあたりにしたラテンアメリカの厳しく苦しい現実が、彼の人生を大きく変え、その後のエルネストを革命家チェ・ゲバラへと駆り立てたのだ。
今日みた映画「ゲバラがみた旅」より
2. 今日のスナップ
8階ラウンジデッキ中央にあるアゴラ(ギリシャ語で「劇場」という意味)では自主企画やカルチャースクールが随時開かれ、誰でも自由に参加できる。
写真は中国語のカルチャースクール

3.今日の空・海
5時30分 真ん丸の残月が美しい。

洋上日誌【南太平洋編】
■2月8日■
1. 今日のトピックス
~インカ帝国は存在しなかった~
世界一長い山脈、南米のアンデス山脈の高原地域から太平洋岸地域にかけて栄え、その歴史は3000年以上にも及ぶと言われるアンデス文明。
その代表的なものとしては、一般に「インカ帝国」と呼ばれる大帝国。ペルーのクスコを首都とし、コロンビアからチリにおよぶ広大な地域を支配したといわれている。
しかし、じつはインカ帝国は存在しなかったという。
スペイン人がアンデスを支配していた帝国を滅したとき、原住民に「お前達は何者だ」と問いかけた。原住民は「この国で一番偉いのはインカだ」と答えた。インカとは「太陽の神子(みこ)」という意味で、「この国で一番偉いのは太陽の神子だ」といったのだが、スペイン人にはその意味がわからず「じゃお前達はインカ族だな」といい、この国をインカ帝国と勝手に称したのである。(坂根さんの講演より)
2. 今日のスナップ
船内新聞
毎夕、翌日の新聞が発行される。
その日に開催されるセッションやワークショップ、自主企画などの会場と時間(タイムテーブル)およびPB企画の概要が掲載されている。
1日の行動予定はこのタイムテーブル(一般紙のテレビ番組蘭のようなもの)によって決める。

3.今日の空・海
5時6分(日の出の同時刻)に撮影

洋上日誌【南太平洋編】
■2月7日■
1. 今日のトピックス
タヒチから水先案内人が2人乗船された。
・坂根博 天野博物館事務局長
ペルー・リマに在住し、リマにある天野博物館(祖父、故天野芳太郎が創設)の事務局長を務め、ペルーの文化研究家、土器・織物の収集・研究家として発掘作業、博物館の運営に携わるほか、ヘルーの民間外交官としても活躍。船内では「アンデス文明」の講話をされる。
・ファン・トケシ 建築家大学教授
ペルーのリマとワンカーヨで教授を務めながら、都市開発計画やNGOとの連携で、社会プロジェクトを通して研究と実践を重ねてきた。住居の子供達が安心して遊べるための公園づくりなど都市開発の建築プロジェクトを行っている。船内ではペルーの社会的・政治的現状をお話される。
2. 今日のスナップ
タヒチからペルーまでの11日間に「アンデス文明入門」を9回講演される坂根さん。

3.今日の空・海
5時28分(日の出の5分前)に撮影

【寄港地カメラ紀行】
1. 最後の楽園・タヒチ
■2月6日■
~モーレア島・ティキ・ビレッジへ
停泊するオセアニック号の隣にあるフェリー乗り場からモーレア島に向かう。
画家ゴーギャンが「海の古城」とたたえたモーレア島に小1時間でついた。ここで9人乗りのワゴン車に乗る。ガイド兼ドライバーは30代(と思しき)女性。片言の日本語まじりの英語で丁寧に案内してくれた。途中景色の良いところでカメラストップしてくれた。




【寄港地カメラ紀行】
1. 最後の楽園・タヒチ
■2月5日■
タヒチという国はない。正式名称は「フランス領ポリネシア」。
一般には「タヒチ」と表現されているこの国は、ソシエテ諸島/ツアモツ諸島/マルケサス諸島/オーストラル諸島/ガンビエ諸島の5つの諸島群にわかれており、全部で118の島々がある。
仏領ポリネシア最大の島「タヒチ島」は大小の二つの島が地峡でつながって瓢箪のような形をしている島である。大きい方がタヒチ・ヌイ、小さい方がタヒチ・イティと呼ばれている。タヒチ島には人口22,000人を超える首都パペーテがあり、この港が海の玄関口となる。
17時25分、オセアニック号はパペーテ港に入る。歓迎船が出迎えてくれた。



MTCAブログ
なかちゃんの「地球2周目航海記」
■2月4日■ °
1. 今日のトピックス
横浜を出航してから今日まで順風満帆。タヒチへは予定より半日早く入港することになった。当初は6日の朝入港予定だったが、「明日(5日)19時頃に着岸の予定です」というアナウンスがあった。たかが半日ではあるが、前日の夕方につくのは乗客のみならずスタッフにとっても大きなメリットだ。
帰船時間を気にすることなく港町を夜遅くまで楽しめるからだ。
横浜から乗船した7人の水先案内人(計良光範、サンディー、ブン、宮崎奈保子、那須仁、ガブリエル・テティアラヒ、郭貴勲)とジャーナリストの中原一歩(元PBのCDでメディアの裏話を聞かせてくれた)がタヒチで下船するので、感謝の意味をこめて今日1日をパシフィックデーとし、さまざまな催しがあった。
島国から考えるアイヌ、マオヒ、琉球、そして日本(計良光範、ガブリエル・テティアラヒ、中原一歩)
パシフィックバザール:水先案内人グッズの販売(本、楽器、CD、など)
タヒチアン・ワークショップ:タヒチの文化に触れる(パオレの巻き方など)
SndiiBunbun FINAL LIVE(ブン、サンディ、那須のワークショップで学んだ人たちの発表会)
2. 今日のスナップ
サンディーズフラダンスに入校して1年足らずでインストラクターとなった天才トップダンサー宮崎奈保子のタヒチアンダンスは見ごたえがあった。

3.今日の空・海
日の出は5時22分。綺麗な朝焼けだったが、大きな黒い雲が邪魔をしていい写真は撮れなかった。
5時48分、青空にイワシ雲が出た。赤い煙突とのコントラストが美しい。

■2月3日■
1. 今日のトピックス
・水の渦巻き
渦潮の巻き方は北半球と南半球とでは逆になるという説がある。60回クルーズでトイレの排水の巻き方を調べてみたが、トイレの構造的なものか逆にはならなかった。
今回は横浜出航直後に洗面所に水をはって排水の巻き方を調べてみたら反時計方向だった。赤道を通過して2日目の今日、調べてみたら気持ち時計方向に巻いているようにみえたが、あまり明確ではない。まだ赤道に近いので渦の巻き方が弱いのだろう。
今回のクルーズではタヒチが最南になるので、タヒチでもう一度試してみよう。
2. 今日のスナップ
今日は節分とあって、夕食にはイワシの塩焼きと天ぷらそば、それに福豆がついた。
もうそろそろ「麺類が食べたいな~」とおもっていたところへこのメニューは心憎い。
食事終了間際になって突然、赤鬼・青鬼があらわれた。食卓においてあった豆を投げたが鬼は逃げずに、カメラの前でポーズをとってくれた。

3.今日の空・海
日の出は5時49分、太陽は雲の中だったが、5時53分、雲間から見事な光芒を放った。

■2月2日■
1. 今日のトピックス
・自主企画
自主企画とは、乗客が自身の特技・経験・趣味などを活かして自主的に開催するセッションで水先案内人のセッションと並んでPBの目玉となっている。
今日は私が作成した「タヒチと、ペルーを映像で紹介」というテーマで10時から1時間、スライドショーを開催した。これから訪れる寄港地・タヒチとペルーを事前に紹介するスライドショーなので、立見の人がいっぱいでるほどの大盛況だった。
お陰で「写真の先生」として名前と顔が売れてしまって、食事中にも「カメラがうまく使えないないので・・・」「スライドショーの作り方を教えて欲しい」といった人が続出し嬉しい悲鳴をあげている。
2. 今日のスナップ
ジャグジーに入る。
いわば洋上の露天風呂だ。海をみながらのんびりと湯につかる。最高の贅沢だ。
デッキチェアに寝そべると青空の下を白い雲がゆっくりと流れていた。歩調をあわせるように至福の時がゆっくり、ゆっくりと流れた。

3.今日の空・海
日の出は5時13分、太陽が上がる前の4時54分、東の空が薄い赤紫に焼けた。

■2月1日■
1. 今日のトピックス
朝方、「ボ~ッ ボ~ッ」2度つづけてなる汽笛の音で目覚めた。赤道通過の合図だ。
急いで時計をみた。「5時3分」、私の予測は見事にはずれた。随分スピード取り戻したらしい。船内新聞の発表によれば正解者はなし。賞品は「5時2分」と1分差の解答をした1名に贈られた。
2. 今日のスナップ
「ピンバッチを集めよう」という自主企画があった。
折角、世界各国を訪れるのだから、「ピンバッチや国旗を集めませんか」というものだ。
60回クルーズの時は国旗を集めている人がいたが、これは売っている所を探すのが大変だった。ピンバッチは観光地の土産物屋には大体置いているそうだ。

3.今日の空・海
赤道付近に来ると海の色が見事にかわる。
日本の近海では見ることのできない「濃い藍青色」だ。これを「群青色」というのだろうか。あるいは「紺碧」というのだろうか。
因みに広辞苑によれば、「群青」というのは、ラピスラズリという鉱物から作る青色の顔料。
古来アフガニスタン産のものが有名。18世紀にヨーロッパで、粘土・炭酸ナトリウム・木炭・石英・硫黄の混合物を加熱して、天然産と同じものをつくった。現在はこの人造石(ウルトラマリン‐ブルー)を主に使用。

■1月31日■
1. 今日のトピックス
・赤道祭
今日は赤道を通過する予定だ。12時半からプールデッキで赤道祭りが開催された(スナップ参照)。併せて赤道通過時刻当てクイズがあった。31日中に赤道を通過する予定なので、その時刻を分の単位で投票し見事あてた人には、船長サイン入りの「赤道通過証明」がプレゼントされる。私は通路に貼ってある航路図を写真にとり、1日(24時間)で何緯度進むかを計算し、「13時45分」と投票した。
しかし前夜から風と波がきつくなり、揺れも激しくなったので、航行速度を落としたため、通過時刻は大幅に遅れたという発表があり、投票はやり直しとなった。
船長の予想では2月1日の2時から10時の間ということだった。私の計算では今のスピードでいけば10時は過ぎるはずなのだが、出航当初のスピードまでは戻らないだろうと予測し、「8時25分」で再投票した。
2. 今日のスナップ
赤道祭といってもデッキに敷かれた赤い帯を赤道に見立て
・赤道でノルデック
・赤道でラインダンス
をするという他愛のないもの。
写真は、赤いコスチュームで、ノルデックウオーキングのポールを持って赤道をまたぐ人たち。

3.今日の空・海
日の出は6時04分、6時28分撮影

Ⅱ.洋上日誌「太平洋編
■1月30日(2)■
1. 今日のトピックス
・日付変更線記念イベント2
2回目の30日は、おまけの1日とあって「75夏祭り」と銘打って多彩なイベントが繰り広げられた。
【昼の部】
ウォーリーを探せ : 仲間を集めて開会式に行こう
お化け屋敷 : 私の首を探してください
オセアニック広場 : 災害支援ブース、似顔絵、フェイスペイント
【夜の部】
夏祭りファッションショー :
ワールド元気神輿 : 石巻市にて、地元の人たちとPBボランテイアの共同制作
みんなで盆踊り : 輪(和)になって踊ろう
2. 今日のスナップ
ファッションショーのひとコマ
ISO3200・Aモード・F5で撮影。フラッシュなしでも1/200秒のシャッタースピードになり、早い動きにも対応できた。
ノイズもでていない。さすがNIKON D5100だ。

3.今日の空・海
この夕陽はイマイチ。
18時11分撮影

Ⅱ.洋上日誌「太平洋編」
■1月30日(1)■
1. 今日のトピックス
・日付変更線
今日、日付変更線を通過する。1月30日が2回あるという、船旅ならではの不思議な体験をする。船は東へ向かって101日間かけて一周するので、この101日で24時間の時差が生ずる。1日は24時間ではなく、平均「24 /101時間(14.25分)」短くなる。つまり4日に1時間の割りで時計の針を進めなくてならないが、このままでいくと1日少なくなってしまう。
これを調整するのが日付変更線だ。東まわり場合、日付変更線を通過するときに24時間一気に戻してしまう。つまり明日もまた30日なのだ。この1日が損か得か、目的地まで急ぐ人にとっては損だろうが、船旅にそんな人はいないからみんな得した気分になる。
今日までの航海で3時間進めたので、日付変更線の時点では日本に比べて21時間遅れになる。この遅れをほぼ4日に1回(21回)1時間ずつ進めて横浜につく。
2008年の1回目の地球一周旅行のときは、西回りだったのでこの逆の減少、日付変更線を通貨した日は1時間で1日が終わった。その日誕生日を迎えた人にとっては貴重な1時間だった。
2. 今日のスナップ
日付変更線記念イベント1
パフォーマンス大会が開催された。
28日に実施された7時間にも及ぶ予選会を勝ち抜いた13組の猛者が自慢の声・技を競う。
喉自慢あり、弾き語りあり、ハーモニカあり、マジックあり。存分に楽しんだ90分だった。
写真の男性は、沖縄の三線をひきながら「なだそうそう」を唄った。とても旨かったが残念ながら入賞ならず。
「審査員の好みによって評価が左右されるのは写真も一緒だな」とつくづく思った。

3.今日の朝・海
「本日、天気晴朗なれと雲多し」、というわけで写真はなし。
Ⅱ.洋上日誌「太平洋編」
■1月29日■
1. 今日のトピックス
・日本を自転車で一周した青年
「2009年4月、快晴。東京発東京行き、無期限片道切符を手に、1台の自転車が出発しました。身体中を駆け巡る興奮と若干の不安をおぼえながら・・・・」
PBスタッフの鈴木隆之くんはこう切り出した。
今日は自転車で日本一周4000Kmを走破した青年の話を聞いた。
「どこを走れば日本を1周したことになるか」という定義から話ははじまった。彼は「都道府県庁すべてを訪れる。本州・四国・九州・北海道のすべての東西南北端に踏み入れる」ことと定義した。ついでに日本の世界遺産もすべてまわる事にしたそうだが、東北地方を訪れた後に決まった平泉・中尊寺と離島の小笠原諸島は断念した。
テントや寝袋、携帯コンロと鍋など、30キロの荷物を自転車の前後左右に積んで出発した。1日の食事代予算はわずか500円。コンビの団子で空腹を満たし、公園の水道で渇きをいやしながら、当初計画を2年以上超過の3年の歳月をかけて見事日本1周走破を完遂したそうだが、その間の苦労話はまた次回に・・・。
ということで1時間の講演が終わった。
2. 今日のスナップ
明日は日付変更線記念イベントが開催される。若者達はその準備に夜遅くまで頑張っていた。

3.今日の朝・海
6時20分 乗船6日目にして、はじめて水平線に太陽が顔をだした。
写真は6時33分に撮影。

Ⅱ.洋上日誌「太平洋編」
■1月28日■
1. 今日のトピックス
・インターネット
インターネットにつなぐためにレセプション(5階)でカードを買う。100分間使えるカードが4,200円。1分(42円)ごとに残高が減っていく仕組みだ。
カードの裏にIDと初期PWが印刷してある。8階のラウンジへ行くと自分のPCに無線LANをつなぐことができる。接続してブラウザを立ち上げると船内サーバーへのログイン画面が出てきて、カード記載のID、PWを入力する。再ログインのPW設定画面で「nakagawa」と入力し、これで接続が完了する。
メールを開くと結構受信メールが入っていた。このまま読むと時間がどんどん経過するので、一旦ログアウトしてオフラインで読む事にした。
返信をオフラインで書いて再度、ログインしてメールを送ったが、なぜか送信できない。今日は取り敢えずここまでにしておこう。
2. 今日のスナップ
レストランでウェイターに英語で話しかけた人がいたが、なかなか通じない。
どうするかな?とみていたらウェイターはやにわにポケットから電子辞書をとりだして、それを見ながら何やら会話しだした。どうやら通じたようだ。
PBならではのワンショットだ。

3.今日の朝・海
17時21分、夕陽が沈むのを待つ二人。
この日は水平線の雲が厚く夕焼けにはならなかった。

Ⅱ.洋上日誌「太平洋編」
■1月27日■
1.今日のトピックス
水先案内人として母国タヒチまで乗船する「ガブリエル・テティラ」さんの講演があった。PBと深く親交のある彼は、ガビさんの愛称で親しまれている。
タヒチはフランスの植民地支配が終わったあとも政治や経済活動において多くの影響を受けている。こうした状況の中でガビさんは、タヒチの先住民族マオヒのアイデンテティと伝統の継承を目的としたNGO「ヒティ・タウ」を設立し、マオヒの経済的独立を目指して活動している。
今日はそのガビさんの活動の半生を語る講演会に参加した。
2.今日のスナップ
広々としたプールデッキで朝食をとる人々にフルートの演奏をサービスしている人がいた。
乗客が自主的にしているもので、他にケンダマを教えている人、マジックを教えてくれる人など、PBの乗客は多士済々だ。

1. 今日の空・海
朝6時27分、サンデッキ(11階)にあがると、きれいな朝焼けがみえた。

■1月26日■
1.水先案内人
水先案内人とは、「多数の船舶が行きかう港や内海から、安全に大海へ出られるように導いてくれる専門家」の事をさすが、PBでは、これから訪れる寄港地や、旅そのものがより実り多きものになるようナビゲートしてくれる国内外の専門家や旅を彩るエンタティナーを「水先案内人」と称している。
横浜~タヒチまでは次の7人が水先案内人として乗船し、セミナーを開いたり、カルチャースクールのワーショップなどで乗船客をナビゲートしてくれる。
計良光範 NGO「ヤイユーカラの森」運営委員長
サンディー シンガー(サンデイーズ・フラスタジオ主宰)
ブン カリンバ(親指ピアノ)、ネイティブアメリカンフルート等の民族楽器奏者
宮崎奈保子 フラ&タヒチアンインストラクター
那須仁 ミュージシャン、一五一会講師
ガブリエル・テティアラヒ 先住民人権活動家
郭貴勲 韓国原爆被害者協会・前会長
今日は、サンディー、ブン、宮崎奈保子、那須仁のコ・ラボによる「Sandii Bunbun FIRST LIVE」が開催された。
歌とフラ、タヒチアンダンス、そして"カリンバ"、"一五一会"という珍しい楽器のおりなすショーは普段経験する事ができない素晴らしいものだった。
魅力5:新しい出会い、体験があり、学びがある
家内は早速、カリンバを買いブンさんのワークショップに参加した。カリンバは、長さの異なる15枚の鋼板を親指ではじく事で音を出す楽器で、別名"親指ピアノ"といわれ、オルゴールのルーツともいわれているものでいる。

カリンバ
■1月25日■
1-3.避難訓練
「船旅には非難訓練が法律で義務付けられています。
海難事故といえば必ず引き合いに出されるのがタイタニックです。そして直近では、イタリアの座礁事故がありましたので、皆さん大変ご心配だと思います。
タイタニックが大勢の死者をだしたのは救命ボートの定員が乗船者の人数より少なかったのが原因です。オセアニック号には135人乗り救命ボートを18隻搭載していますから全乗船者が十分に乗れます。また、イタリアの座礁事故、あれは人災です。天災は防げないこともありますが、本船では人災はありませんから(「本船の船長は一番に逃げたりはしませんから」とは云わなかったが)、ご安心ください」。
昨日のオリエンテーションでの説明だ。
午前10時、船内放送があった。
「ただいまより避難訓練を行います。警報がなりましたら、客室にもどりライフジャケットをつけ、ドア裏に表示してあるマスターステーションにご集合ください」
警報が鳴ったので、指定のマスターステーションへ急ぐ。9階にある私の部屋からは1階降りるだけなので直ぐに到着。ライフジャケットには乗るボートの番号も記してあるので、係員の誘導に従ってボート乗り場に並ぶ。全員点呼のあとライフジャケットのチェックがあって避難訓練は終了した。警報が鳴ってから30分とかからずに九百余名全員が一斉にボートに乗り込めるようだ。イタリアの座礁事故のようなことはまず無いだろうと思う。
魅力4:飛行機の旅行よりも安全・安心感がある。

避難訓練
1-4.なぜピースボートに乗るのだろう
ピースボート(PB)にはいろんな人が乗っている。
男女比は、男4:女6、年齢は、40歳以下3:41歳以上7、また1人参加6に対し、夫婦、親子、など2人以上のグループでの参加は4、となっている。
単純計算では「1人で参加している41歳以上の女性が最も多い」という事になるが、これは正直驚きだ。なお、1人参加の最高齢者は92歳、最年少者は14歳だそうだ。
村石CDは、
世代を超えて友達をつくる
100日間で新しい自分をみつける
未来の自分のために船旅の記録をつける
ことがPBを楽しむ秘訣だといった。
水先案内人の計良さん(NGO「ヤイユーカラの森」運営委員長)は、「PBは一つの村だ」、だから
新しいつながり、モノの考え方が変わる
村の意志をもつことができる
新しい自分をみつける
といった。
確かに101日間、一つ屋根の下に住み、同じ釜の飯を食う。村というより「同じ館に住む大きな家族」だと思う。
今回の乗船客の4人に1人(25%)はリピーターだそうだ。一度乗ったらまた乗りたくなる、それがPBだ。
PBに乗る目的は、「ピース:平和活動」と「ボート:観光旅行」に分けられるが、挙手によるアンケートの結果、大体次のようになる。
・ピース目的:10% ・ボート目的:40% ・ピース+ボート:50%
NGOとしてのPBに対して一般的に持たれているイメージとはかなり違うのではないだろうか。

PBには世代を超えた交流がある
Ⅰ 船旅の魅力
■1月24日■
1.愈々出航
午前10 時。横浜港大桟橋に到着。ピースボートの特設カウンターで乗船登録をすませImmigrationでパスポートを見せ、乗船口(舷門)へとすすむ。この間わずか数分。空港にくらべると船の旅は随分簡単だ。
魅力1:入出国手続きが簡単。ハスポートも船に預けたままでよい。
舷門ではクルーズディレクター(CD)の村石由里弥さんが振袖姿で出迎えてくれた。
クルーの案内で9階の部屋へ入る。1週間前に送った荷物がすでに部屋に入っていた。
今回の荷物は、大きめ(縦・横・高さの和が160cm)の段ボール箱が4個、スーツケース2個。うち2つは、船内で写真創りをするためのもので、中身は次の機器だ。
◆カメラ4台、交換レンズ4本(12mmから400mmまで)
◆デジタル録画双眼鏡(10倍ズーム、ビデオと写真カメラ付)
◆ノートPC 2台とモニター(20インチデジタルテレビ)と1TBの外付けHD
◆プリンター(A4サイズ)とプリンターインク(6色セット5箱)、写真印刷用紙(A4 100枚、ハガキ500枚)
魅力2:大量の荷物が送れる
魅力3:自宅にいるのと、ほぼ同じ環境で写真創りができる
11時30分、「ただいまより出航を祝い乾杯をしますので、11階サンデッキへお越しください」というアナウンスがあり甲板へと上がる。
大桟橋の送迎デッキはピースボート第75回地球一周クルーズに参加する人々の家族や友人達で賑わっていた。船長の挨拶のあとシャンパンで乾杯。
12時、「ボ~ッ・・・ボ~ッ・・・」汽笛がなる。
それをを合図に、甲板からは一斉に紙テープが投げられ、送迎デッキに居並ぶ人々の「いってらっしゃ~い」の大合唱を後に、およそ九百数十人の乗船客と三百数十人のスタッフおよび乗組員を乗せたオセアニック号は、ゆっくりとすべるように岸壁を離れた。
時速30kmのスピードで一路南国タヒチへと向かう。

出航風景
2. オリエンテーション
14時30分 五百余人収容のブロードウエーショールームで船内オリエンテーションがはじまった。これから101日間船内で楽しく快適に過ごすための説明会だ。
(1)ピースボート地球一周クルーズの概要
第一回クルーズのきっかけは1983年に起きた教科書問題。
日本の教科書の記述で「日本軍が華北を侵略すると...」を「進出すると...」に書き直したことについて、中国や韓国が日本の教科書検定を批判した、いわゆる教科書問題がきっかけで、「横浜―>小笠原諸島―>硫黄島―>グァム―>サイパン―>横浜」を航海する「アジアクルーズが始まった」という説明であったが、中国・韓国ではなく何故グァム・サイパンなのだろう。
以後、1989年まではアジアクルーズであった。1990年、世界初の民間団体による地球一周クルーズがはじまり、760名が参加した。1997年までは年1回、1998年以降は年3.5回のペースで実施されている。
(2)クルーズの運営
ピースボート地球一周クルーズは、オセアニック号(船)、ジャパングレース(旅行代理店)、ピーボート(NGO)の三者で運営され、それぞれ次ぎの役割を担っている。
オセアニック号
運行管理、航路管理、客室管理(ハウスキーパー等)、食事等船内サービス、船内施設管理(診療室、ジム、プール、マッサージルーム、理美容室等)、レセプション業務(時間外)
ジャパングレース
乗船客募集、寄港地ツアー企画管理、オーバーランドツアー企画管理、レセプション業務(9:00~20:00)、船内クレジット管理
ピースボート
船内新聞の発行、水先案内人企画(セミナー、ワークショップなど)、ピースボート企画(洋上運動会、日付変更線通過記念イベント、赤道祭りなど)、カルチャースクール(太極拳、社交ダンス、水彩画、パソコン教室)、自主企画(乗船客による企画)、交流プログラム

振袖姿で説明する村石由里弥CD