2009年5月12日

中川嘉夫のカメラ紀行 トルコ編 4-1東西を結ぶ2つの海峡

第四章 世界遺産・イスタンブール

4-1 東西を結ぶ2つの海峡

 トルコ最大の都市・イスタンブールは、ボスポラス海峡をはさんでアジアとヨーロッパの境界に位置する。
 黒海からボスポラス海峡、マルマラ海、ダーダネルス海峡を経て、地中海に通じる海上交通の要衝として、古代より東西を結ぶ交易路が交錯し、文化の交流にも大きな役割を果たしてきた。
 ヨーロッパからみればオリエントの始まりであり、アジアからみればシルクロードの終点となり、世界の中心といわれる都市として発展した。
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ダーダネルス海峡
 トロイ戦争の舞台となったチャナッカレからダーダネルス海峡をイスタンブールへ向かう。
 アジア側にある都市チャナッカレに因んでチャナッカレ海峡とも呼ばれるこの海峡は、トルコの北西にあるエーゲ海とマルマラ海を結ぶ戦略的な要衝であった。
 ペルシア帝国のクセルクセス1世やマケドニアのアレクサンドロス大王は、それぞれ海峡の反対側に遠征するためにこの海峡を渡り、オスマン帝国のオルハン・ガーズィーがビザンツ帝国のヨハネス6世カンタクゼノス帝の要請を受けて初めてヨーロッパに渡ったのもこの海峡だ。
 のちにオスマン帝国はこの地で艦隊を創設し、帝国が東地中海の覇権を握る上でも、首都イスタンブルを南から防衛する上でも非常に重要な地となった。
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    チャナッカレの港


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    かもめが餌をもとめて飛び交う


ボスポラス海峡
 ボスポラスとは「牝牛の渡渉」という意味で、ギリシャ神話の中で、ゼウスが妻ヘラを欺くため、不倫相手のイオを牝牛の姿へ変えるが、ヘラはそれを見破り、恐ろしい虻を放った。そのためイオは世界中を逃げ回ることになり、牛の姿のままこの海峡を泳いで渡ったとされる。

 南北に細長く、北は黒海、南はマルマラ海で、長さは南北約30km、幅は最も狭い地点でわずか800m程。
両岸の全域はイスタンブル市の行政区内で、南側のマルマラ海への出口の西岸、金角湾との間の地がビュザンティオン、コンスタンティノポリスの故地であるイスタンブル旧市街である。

 イスタンブル市民の足として、両岸の各所に定期船の船着場がある他、1973年建設の第一ボスポラス大橋と1988年建設の第二ボスポラス橋が架けられている。また、2004年5月24日着工、2012年開通予定で、日本の大成建設グループにより全長13.6kmの海底トンネルの建設が進められている。

  ボスポラス海峡沿いには、オスマン帝国がコンスタンティノポリス征服の足がかりとして築いたルメリ・ヒサルの要塞や、ドルマバフチェ宮殿などのオスマン帝国の離宮、ベイレルベイ宮殿、クレリ海軍学校などの歴史的建造物が建ち並び、イスタンブルの旧市街から黒海の出口までクルージングする定期観光船は観光客で賑わっていた。

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   ボスポラス海峡クルージング   

投稿者 mtcambrs : 2009年5月12日 11:56
コメント

「地中海」や「ローマの物語」的なものを読んで想像でしか行けない場所にご案内くだされ感謝。
 かの地では、カモメも「観光客」の餌でメシが食える!?

Posted by: 神保雅明 : 2009年5月14日 20:24
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