![]() ![]() |
3-2 アフロディシアスとパムッカレ(3月20日撮影)
① アフロディシアス
アフロディシアスは紀元前4世紀アレキサンダー大王が東方遠征で通ったいわゆるアレクサンドロス古道沿いの町、そして、ローマ時代にはオリエントとヨーロッパを結ぶシルクロード沿道の町であった。
往時は荷物を駱駝の背にいっぱい積んだキャラバンで賑わっていたことと思われる。
エーゲ海の町エフェス(古代エフェソス)やイズミール(古代スミルナ)で商人は東方の珍品を売り、商売が終わるとこの町に逗留して疲れを癒し、再び東方への長途の旅へと出発したという。
紀元前1世紀、ローマの将軍スラは、小アジアを征服した折、デルフィの神託に応え、アフロディーテに斧と金の冠を贈ったことから、この地をアフロディシアスと名付けたと言われている。
のちにキリスト教が盛んになると、アフロディーテ神殿はキリスト教会となり、町の名もスタウロポリス(十字架の町)と改められ、十二世紀のセルジュークトルコの侵入により、アフロディシアスは急速に衰退していったという。
ババ・ダーイ山の麓に位置しており、山の土が流れて遺跡をすっぽりと覆っていたため、紀元前1世紀から2世紀にかけて建造された劇場、オデオン、アフロディーテ神殿、競技場などが良好な保存状態で残っている。

◆アゴラ(市場)

◆野外劇場

◆石壁のレリーフ

◆アフロディーテ神殿
② ヒエラポリス-パムッカレ
「綿の城」を意味するパムッカレは、トルコ随一の温泉保養地として古代から親しまれてきた。
この地には、かつて栄華を極めた都市ヒエラポリスがあった。
紀元前2世紀頃、アナトリア北西部ニ栄えた古代王国ペルガモンの王エウメネス2世は、勢力を拡張するとともに国の守りを固める要塞都市を建設した。
そのひとつが、王国の伝説上の始祖の妃ヒエラの名を冠したとされる町、ヒエラポリスだ。
ヒエラポリスの温泉は、炭酸カルシウムを含んでいる。ヒエラポリスの高所に湧き出た温泉水は広い急斜面を流れ落ちながら四方八方に炭酸カルシウムをばらまき、岩肌に白い結晶を付着させた。
付着した白い結晶は長い年月を経て堆積し、崖のような台地の斜面に段々畑のように連なる約100個もの石灰棚を作りだした。
その石灰棚の段丘上にはヒエラポリスの遺構が広がり、半円形のローマ劇場や凱旋門、浴場跡、共同墓地など、当時の栄華を偲ばせる。
その壮大で幻想的な光景は、1988年、ヒエラポリス-パムッカレとして世界遺産の複合遺産に登録された。
昔は温泉として観光客も石灰棚に入ることができたが、近年の乱開発により水量が減少したため、今では日替わりで部分的に水が流されている。

◆ローマ劇場

◆枯れた石灰棚

◆夕日に染まる石灰棚