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第二章 ファインダーから覗いたトルコ
2_1 アンカラ (3.15撮影)
アナトリア高原の中央部に位置する、トルコ政治の中心都市。ガラティア人が占拠した時代やローマ時代は、交易の中継地として繁栄したが、オスマン時代には交易路が変ったために衰退した。
そして、1923年、新生トルコ共和国の首都に定められた時には、人口は3万人足らずであった。
それが、今では人口350万人を超す、トルコ第2の大都市に発展した。

アタテュルク廟
1938年のケマルの死と同時に、アンカラ市街南東の丘の上に巨大な廟が建設され、ケマルの棺が安置された。
ここには、ケマル・アタテュルクの墓のほか、ケマルが生前に愛用していた品々や各国から贈られた品々などを展示した博物館が併設されている。博物館にはケマルが活躍したガリポリの戦いや、サカリヤ川の戦いを再現したコーナーもあり、初代大統領の数々の業績を誇っている。
◆アタテュルク廟の参道

◆アタテュルクの棺が安置されている廟

◆廟の前で衛兵の交代式が行われていた

アナトリア考古博物館
アナトリア地方で出土した旧石器時代からローマ時代にかけての素晴らしい遺物を展示する博物館で、ことにヒッタイト時代のコレクションが素晴らしい。回廊の中央ホールに展示されたスフィンクスや牛、鹿などの動物をかたどった見事な石像やレリーフ。紀元前7世紀のハタルフユックの遺跡や新石器時代のハラジル遺跡の出土品、アッシリア植民地時代の土器、フリギアの金属細工、ウラルトゥの青銅品、ギリシア、ローマ時代の装飾品などさまざまな時代の一級の出土品が並ぶ。
◆博物館の玄関前にも出土品が展示されている

◆見事なレリーフが沢山展示されている

旧市街・アンカラ城塞付近
アンカラで最も古い建造物の一つと言われるアンカラ城は、そもそもガラティア人によって建築が始められ、ローマ帝国によって完成された後、 7 世紀にアラブの侵攻に備えビザンツ帝国によって修復、増築された。現在、外郭の城門、城壁、塔が残っている。
◆城門の跡 ◆塔屋を利用したレストラン

◆旧市街の絨毯屋